《Interlude Diary》

とりとめのないこといろいろと

全世界とつながってるという空に向けて放つ想い。

3時…目が覚めた。眠る気がしない。心ながらの抵抗。

このまま夜が明けないで欲しい。また明日が始まらないで。

もうあそこには、行きたくないよ。

側にいる人にもやさしくできず、自分を責める気持ちに歯止めも効かず。

人は一人では生きていけない。自分で選んだはずのこの境遇。どこでどう間違ったのか…

蟻地獄に落ちた蟻は、ただ静かにもがきながら消えていく。興味本位の眼差しに眺められながら。

自暴自棄になってはいけないよって頭によぎりながらも抗う力は残っておらず、ただひたすら願っている…この静寂が壊されることがないように。屈辱的なあの場所に戻らなくてすむように。

どうか、一縷の望みが私を見捨てないでいてくれますように。どうかどうかまた、笑える日々が帰ってきますように。

 

心障者より

今まで生きてきて、一度だけ、あぁ私はこういうのが欲しいんだって感じた瞬間があった。

中学生ぐらいだったか、母と喧嘩したかなんだったかで泣いて庭にひとりうずくまってたら、母が来て肩を抱いてくれたことがあって…その顔はどこか不慣れなのか不自然で引きつっていたんだけど、形だけでもとてもうれしかった。
私は失敗した自分も、ダメな自分もそれでもいいよって認めて欲しいって小さい頃からずっと思ってきた。

母は、理想の子供でいるときはニコニコ顔で褒めてくれた。勉強できて当たり前、友達と仲良くできて当たり前で弱音を吐くことは許されなかった。母の表情が伝えること。私はその表情から母はこうしたら喜んでくれるんだってことをやっていた。
「お母さんはやりたかったけど、できなかったんだ」その想いを私に託すように。

小学生のころには東大に入るのよねって言い聞かされた。もちろん必死に勉強した。みんなで旅行行くときだって勉強道具持って行って時間があれば勉強ばかりしていた。

勉強さえできたら母の期待に応えられる、認めてもらえるって思ってた。妹弟も同じ家庭環境で育ったんだけど、なぜか私だけが敏感に反応していたようで。両親の怒鳴り合いに、弟たちの様にゲームに没頭してやり過ごすことができなかった。妹弟は、それぞれ反抗期を通り過ぎ大人になって社会に順応していった。少なくとも社会で生きていけるコミュニケーションを身につけていったんだろう。
私が敷かれたレールから外れたのが、大学ニ年の時。

勉強を頑張りながらも虚無感を感じていた中高生時代、大学に入ったら変われる。やりたいことをやっている仲間が見つかる、そう漠然と思っていた。

あれ?自分のやりたいことがない。なんでここにいるんだろう。この先どうなるんだろう。孤独だった。

死を選びそうになった私は大学を辞める。このとき母はどう思っていたのかな。何も訊かずに退学届けを出すのに付き添ってくれた。

今思えば、休学の選択肢もあったんだけど。
それから一年ぐらいニート生活を送って、小さい頃から好きだった動物に関わる仕事をしようと、専門学校に通ってトリマーを始める。だけど、動物病院もペットショップも長く続かなかった。周りの人とうまく接することができずにしんどくなって辞めてしまう。

無価値感に自分を傷つける20代。ネットなどの情報もなく、自分だけがダメな人間だと思った。原因もわからず、暗闇の中で光も見出せず、何をやっても虚しい日々。
今となれば、実態を知ることができ、人と普通に接せられない理由、しぶとい虚無感の原因を知れただけでましだと思う。

ここからは、自分の力を信じて頑張るしかないこと。小学生ぐらいに身につけるべき術をこれから学んでいくこと。

もう全部捨ててこの人生を終わりにしたいって弱音に押しつぶされそうになる日もあるけれど。

でもね、こんな私との子供を愛し身捨てず、愛に溢れた優しい人と出会えたことは、私の人生の中で一番の幸運としか言いようがない。親からの愛を感じて育った人は惜しみなく人にも与えることができる。

心無い人に外見をけなされたりしても、変な人と避けられたとしても、自分だけは自分を身捨てずに、寄り添い、子供に愛を伝えてあげられるようになりたいと思うだけです。

深夜のラブレター

早く寝れた日に深夜に目が覚める午前1時15分。恐れを感じたことにビビってる。やっぱり人間は怖い。近寄りたい世界ではなかったけれど、モヤッとする、恐怖に変わりそうな気持ちが芽生えて。厭世感に飲み込まれる。離れたいよ。どうしようもないくらいびびりです。
手を伸ばしたいこの気持ち。飛び込んで一年の仕事を辞めたい…生き方がわからなくなる。どこに行けば、気持ちを共有できる人に会えるんだろう。気分の上がり下がりによって自分のやれる感、無力感を感じることがあるということ。絶対的なものではないことはわかったけれど。今、どうしようもなく気が滅入っていて…つながっていたら何ができるのかなんてそんなふて腐れた気持ちを持て余す。弱ってる。じっと我慢して、苦痛の波が過ぎ去るのを待つだけなんだけど、何か言葉が交わせたらってそんな思いを抱いてる。今夜もあと少し眠れたらいいな。夢の中では、みんながしあわせで、笑っていたらいいのに。こぼれ落ちた涙はコインに替えて、いつか立派な家が建ちますように。
恐怖心から逃げ惑うのもほどほどに。きっと、またあしたは笑える日がくる。

介護の仕事

人の生活、命に関わるこの仕事を前に迷いが出てきた。対入居者の関わりで自分でいいのかと戸惑い、職員同士の、陰でさげすむ様子に人間不信が頭をもたげる。ここにいたらいつか心が壊れるんじゃないかって。(´・ω・)

つーか自分がチームワークできてなくて、優しくないってだけだ。

接客

“安かろう悪かろう”って言葉があるように、例えばスーパーのレジの接客と、一流レストランなどの接客は、質に差があると思う。もらう給料から教育される時間から違うんだからそういうものかと。

 

そんな中、今日出会った接客は一流に並ぶぐらい素晴らしいものだった。セルフのカラオケ店で料金は平均より安いところ。

一見、接客にしては言葉遣いが個性的で、クスクス笑われたりもしてる中、堂々とよく通る声で素敵な笑顔の接客を、待ち時間中目で追っていた。

結局一時間だけ待って予定があったので、店を出ようとその彼女に声をかけたら、「えー!そうかぁ…でもなぁ」って申し訳なさそうに、「次回一時間無料にいたしますから」って言ったの。

混んでて待つってわかってて行ってこの対応。想像を超えてきたので心を揺さぶられてしまった。

元々安い料金でやってるのにそんなサービスして大丈夫なのか!?って気になってしまったけど。

接客ってマニュアルじゃなくて、大切なのは笑顔と心意気だよなぁって、一気にその人のこと応援したくなった。

歌うことはできなかったけど、いたく感動したという話でした。

 

@森林公園

森林公園って、冬は木々の葉がほとんど落ちていて森林浴とまではいかないんだけど、山の散歩道を登ったり下ったりするだけでとてもいいリフレッシュになる。

風がまだ少し冷たくて。

でも今日、随分久しぶりに“かざぐるま”を目にしてテンションあがった。アンケートと引換にもらった、折り紙で出来たかざぐるまがとっても気に入ってしまった。手でかざぐるまが付いた割り箸を持ってると、風が吹いてきて勢いよく回るの。シャーって。その手に伝わる振動が心地よくて思わず童心に帰ったひとときだった。

山の上では、芝生にシートを敷いて息子と二人寝転んで空を見上げた。空高く飛んでる小さいトンビを数えたりして。

最近気づいたことなんだけど、空を自由に舞う鳥の姿ってすごく癒されるのね。

子供と笑い合う瞬間を大きくなるまでに、できるだけたくさん詰め込みたい。本当に大切なモノをあげられるかな。

ちなみに声フェチです

20代の頃から長電話がわりと好きで。

 

“連続2時間45分まで通話料無料”っていうPHSがあって、それを超えないように一回切ってまたかけ直したりして話してた。

相手の声色で気持ちがよく感じ取れるから、対面でも人の話が汲み取れないときに耳を近づけて聴こうとする。

 

会話が上達するって内容の文章をネットで見てたら興味深いことが書いてあった。

人には3種類あって、視覚優位の人、聴覚優位の人、感覚優位の人がいると。

情報をインプット/アウトプットするときに、どこから取り入れるのが得意かというもの。

聴覚優位の人は、言葉を大切にしていて音楽を聴いたり電話で話すのが好きだったり、論理的で、目線は左右に動きやすいんだそう。なるほどなーって。

 

なんか、こういうの知るの面白い♪

 

一度は体験したいなテレアポ( ´θ`)ノ