《Interlude Diary》

とりとめのないこといろいろと

憧れ抱いて

“外見が大人で中身が子供”というと、なんとなくイメージが悪い。精神年齢低いだけみたいな。

 

ずっと子役がメインの映画が好きで。

年をとるごとに、子供みたいにありたいってずっと思ってきた。

もちろん、他人に迷惑をかけない範囲でなんだけど。なんでかな、身近に大人の魅力を持った大人がいなかったのかな。

子供の目で見ていたいし、感じていたい。子供っぽいって思われるのはいたしかたないし、いいと思ったものは曲げたくないって結構頑固。

 

ややこしいけど、アダルトチルドレンというのとは別モノで。無関係とは言い切れないのかもだけど。

 

子供、動物の眼差しは本当に綺麗。

 

幻滅する話し

あるミュージシャンに興味があったんだけど、ある曲を初めて聴いて幻滅したさ。

付き合った彼女に向けた怒りみたいな感情が綴られてたんだけど、なんか卑怯な気がした。ブログとかに書き殴ってた方がマシなんじゃないかなって。音楽にして発信して誰かと共有したいの、何をしたいの。

ところで、道端とかに唾吐く人って何なの。

いつか風化される、その日まで。

いつか風化される、そんな日を受け入れて歩いて行こう。

嘘や偽り。

言葉を発する時、文章を書く時、“頭の中にある考え”を話したり書きます。たとえばその考えとは別の矛盾した考えが存在してることもあるし、別の考えの方が大きいかもしれない。だけど、頭の中に一瞬浮かんだ考えの方を伝えたいから書くことがある。

それは、嘘や偽りになるのだろうか。

悪人にだって良いところがあるだろうし。

もちろん思考・言動に矛盾が少ない方がわかりやすいとは思うけれど。

 

負けず嫌いということ

自分が負けず嫌いだってことは気付いてました。だけどそれをあまり重要視してなかった。ところがある時、自分の子供が、やっぱり負けず嫌いだって知って、しかも負けるのが悔しいからジャンケンを拒否するという…。

そこで私も気付いたわけです。負けそうな試合からはサッと身を引いたり、挑むことからさえ逃げてきていたと。進路を決める時しかり恋愛しかり。

ここはちと、子供も私も、全力で挑み負けることから学ぶということを経験せにゃ、一皮剥けないですね(´・_・`)

陽だまりの中で茶をすする( ´_ゝ`)

10代の頃は、早くお年寄りになりたかった。穏やかにすごせることに憧れていた。

だけどさ、縁側で日向ぼっこしながらお茶飲んでるお年寄りなんてどれくらいいるのかな。

実際、お年寄りと触れ合ってみて最近思うのは、高齢になってから生き甲斐をみつけるのってすごく難しいなぁってこと。それまで、旦那さんや家族や友人に依存するように生きていた人にはどうにも差し伸べる手が出せないんです。何をしたいかわからない。どこへ行きたいかわからない。だけどその場にいたくない。穏やかな余生どころの話じゃない。(これはただ単に私の経験や能力不足で差し出す手が見つからないだけかもしれないのだけど。)それに、老化に伴ってやりたいことをやる意志や方法に制限がかかったりもするもんだから、お年を召してからも好きなことをできてたり、楽しみがある人がしあわせなんじゃないかって。

だから今のうちから“ワクワクすることをする習慣”を作っていたいなと。やるべきことだけじゃなくてやりたいことってなんだろうって、自分の声を聴く。

そして、最後まで笑っていたいよね。