欠陥品というカテゴライズ。


つい最近まで、自分の欠けてるところばかりに目がいって自分を苦しめていた。

結果、にっちもさっちもいかなくなって、“どうしても人との会話が重要になる仕事”から、“無理して自分から会話を提供しなくても自分を責めなくて済む仕事”に変えることに。私の場合頑固な生真面目さから、できない自分にOKを出せず環境を変えることにしたけれど、正解だったと感じている。
逃げだろうか、環境が変わっても同じ問題に悩まされるだろうか、ここで踏ん張って乗り超えることで成長することができるのではないか、と葛藤を繰り返すこと数ヶ月間。
今の仕事内容は対人ではないけれど、周りの職員に対する笑顔や挨拶、やりとりはないがしろにはできないし、オドオドしない堂々とした自分を表現する必要はあるということ、そして周囲の反応は自分の対応しだいで変わること、絶えず調整を怠らないこと、が大事なのかなぁと感じている。

調整とは、人の顔色を伺って態度を変えることじゃなく、相手はどういう意図で言葉を発したのかとか、相手の立場に自分が立ったらどう言動をとるのか、とか、自分を客観的に見ようと努めることだったりする。

自分の欠点にばかり目を向けて、その克服に懸命になって消耗してしまうくらいなら、その欠点をも個性のひとつととらえて魅力ある表現をしていきたいという心境の変化に救われた。
もがいてももがいても出られない暗闇の迷路から抜け出すことができた。
“人生、自分の受け取り方・感じ方次第だよ”という考えを忘れたくない。
そう、だから私は自分を自分の中で、“欠陥品”とカテゴライズするのはもうやめる。